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東京高等裁判所 昭和44年(う)1203号 判決

控訴人・被告人 若松善紀

弁護人 伊藤泰蔵 外一名

検察官 藤井嘉雄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

(控訴の趣意)

被告人、ならびに弁護人伊藤五郎、同伊藤泰蔵両名連名各提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用する。

(当裁判所の判断)

弁護人の控訴趣意第一、法令の適用の誤りの主張、及び同第二、中法令の適用の誤りを主張する点について

所論は、刑法一二六条一項に言う破壊とは、汽車、又は電車の車体の実質を壊ち、安全なる運行を不能ならしむべき程度のものでなければならないところ、本件電車の損害の程度は、電車の天井の鉄板、窓ガラスの一部、座席、網棚の一部を損傷(損害額約五万四、〇〇〇円)したに過ぎないから、同条にいわゆる破壊には該当しない、と主張する。

按ずるに、刑法一二六条一項にいう破壊とは、人の現在する汽車、又は電車の実質を害して、その交通機関たる機能の全部又は一部を失なわせる程度の損壊をいうものと解すべきところ、原判決が証拠により認定したところによると、被告人の仕掛けた爆体の爆破によつて、本件電車の屋根、天井に張られた鉄板、及び合金板四枚、座席七個、網棚、窓ガラス四枚、その他車体付属品八点を損壊したことが明らかであつて(なお、司法警察員作成の昭和四三年七月一六日付検証調書((前同六四八丁))に照らすと、天井、屋根、車体内張りの金属板等車体の実質や、金属製扉を損傷したほか、第二六、二八の腰掛の窓ガラス二段はガラスがほとんど完全に割れ落ち、網棚は垂れ下がり、座席も破損し、爆発物の破片等が床上一杯に散乱していることが認められる。)その損害額が五万四、一〇六円程度に止まつたにしても、進行中の電車に小石を投じて窓ガラスを割つたり、小刀を使つて座席を傷つけたりしたのとは異り、たとえ、電車自体の走行そのものは可能であつたとしても、交通機関として乗客を乗せ安全な運行を続けるに堪えないものと認められるから、刑法一二六条一項所定の破壊というに妨げない。したがつて、原判決が、刑法一二六条一項を適用処断したのは正当であつて、論旨は理由がない。

次に所論は、仮りに、被告人に乗客を殺傷する未必の故意があつたとしても、刑法一二六条三項は、汽車、電車の顛覆、又は破壊の結果、人を死に致した場合のみならず、最初から殺傷の犯意がある場合をも当然包含するものと解すべきであるから、本件につき刑法一九九条、二〇三条、二〇四条を適用処断した原判決には法令の適用を誤つた違法があると主張する。

よつて按ずるに、刑法一二六条三項は、同条一項、二項の罪を犯しよつて人を死に致した行為を結果的加重犯として重く処罰する規定であるから(大正七年一一月二五日大審院判決参照)、致死の結果につき予見のある場合には、同法一二六条三項のほか、同法一九九条の適用があり、両者は一所為数法の関係に立つものと解するのを相当とする。もし、そうでないとすると、殺人の故意を以て汽車、電車を破壊したが殺人が未遂に終わつた場合には、同法一二六条三項の罪には未遂の処罰規定がなく、その結果同条一項によつて罰せられるに過ぎないこととなり、明らかに不当である。しかるに前記のように解釈すると、この場合は同条一項と同法一九九条、二〇三条とに該当し、一所為数法の関係に立つこととなり、その結果が妥当である。また、傷害の犯意(暴行の犯意の場合も同じ)があるに過ぎないときは、もとより一二六条三項に包含されるいわれはなく、傷害の結果発生の場合は同法一二六条一項と、同法二〇四条とに該当し、一所為数法の関係を生ずることまた当然であるから、原判決が未必の殺意を認め、被害者広島勇に対する関係で刑法一二六条三項一項、一九九条に該当するとし、被害者高村末吉外一一名(原判決添付一覧表(一))に対する関係で、同法一二六条一項、一九九条、二〇三条に該当するとし、篠崎美智外一名(同表(二))に対する関係では未必の傷害の故意を認め、同法一二六条一項、二〇四条に該当するとし、右はそれぞれ一所為数法の関係にあるとして法律の適用をしたのは正当であり、論旨は理由がない。

なお、本件は、被告人が電車内で時限爆破装置を爆発させ、その爆体の破片によつて乗客広島勇を死亡させたものであつて、爆発により電車が破壊し、その破壊それ自体の結果として、同人を死に致したものではないから、刑法一二六条三項に該当するか疑問がないわけではない。しかしながら、電車の破壊行為という一個の行為で同時に電車の破壊と、人の死亡の結果とを発生した本件のような場合には、同法条に該当するものと解するのが相当である。けだし、その被害法益の点から考えても、両者をとくに区別すべき実質的理由に乏しいばかりか、もし、両者を区別すると、同一の犯意を以て実行し、同一の結果を発生しながら、たまたま爆発自体によつて人の死亡の結果が発生した場合と、爆発により汽車、電車の破壊があり、さらにその破壊の結果として人の死亡が発生した場合とにより、一は死刑、または無期、もしくは三年以上の懲役、一は死刑、または無期懲役となつて、刑の均衡を著しく害する結果となり不当であるからである。

(その余の判決理由は省略する)

(裁判長判事 樋口勝 判事 目黒太郎 判事 伊東正七郎)

弁護人伊藤泰蔵外一名の控訴趣意

第一原判決は法令の適用の誤りがある。

(一) 破壊の概念

本件被告事件に於ける電車の損傷程度は物的各証拠によつて明らかな如く、電車の天井の鉄板窓硝子の一部、座席・網棚の一部(損害約五万四千円)を損傷したに過ぎない。

刑法第一二六条第一項に云う破壊とは、その車体の実質を壊ち安全なる運行を不能ならしむべき程度でなければならない。

本件の場合右の如き損傷程度だけでは之を以つて直ちに安全なる運行を不能ならしむべき損壊であるとは必ずしも断言出来ない。

(二) 刑法第一二八条の適用

本件被告事件に於ける電車の損傷は前述の如く刑法第一二六条第一項のいわゆる破壊ではないのであるから本件は、同法第一二六条第一項の未遂罪が成立し同法第一二八条の規定をも適用すべきである。

第二原判決は事実誤認がある。

(三) 殺傷の未必の故意

(1)  原判決は刑法第一九九条、同法第二〇三条、同法第二〇四条の各罰条を適用するに当り、所謂未必の故意を認定している。

(2)  然し前記(一)に於て述べた如く爆発実験は電車を顛覆又は破壊するための実験ではなかつたのであるから、実験の結果いかなる影響を及ぼすか等の詳細については認識していなかつた。

実験により破壊力の認識があつたとしても犯行当時の被告人の異常な心理状態から判断すれば右認識があつたからと云つて犯行時も認識があつたとは必ずしも云えない。

(3)  又犯行の意図は雅子が喜代光のところに通うのに利用する横須賀線電車を止めてやれば、雅子が再び上京出来なくなるだろうという極めて単純な考えしかなかつたのである。

このことは雅子を殺せば大罪になるし、殺すことも出来ない内気な被告人が、いたずら半分に右電車に時限爆弾を仕掛けたものである事実は被告人の公判廷での供述及び供述調書(昭和四三年一一月一九日〈員〉)によると、被告人の爆破目的は、「どうせやるなら世の中の人がびつくりするような、人のやらない時限爆弾を作つて横須賀線電車に仕掛けて爆発させて……世間をあつと云わせてさわがしてやろうという気持からやつたのが本当であります」と供述している点から明らかである。

(4)  もつとも被告人の供述調書によれば恰かも乗客を殺傷する目的があつたかの如き部分もあるが、供述調書は一般的に或る質問が発せられそれに応じた答の部分のみが記載され(場合によつては質問の一部が供述の一部として記載されている)それがどんな質問に対する答えであるかを知つてはじめて真意をつかみ得るものであることから容易に信じられない。

(5)  仮りに被告人に殺傷の未必の故意があつたとしても刑法第一二六条第三項は顛覆又破壊の結果人を死に致した場合のみならず、最初から殺傷の犯意ある場合をも当然包含すると解釈するを相当とするから本件につき刑法第一九九条、同法第二〇三条、同第二〇四条を適用し処断した原判決は法令の適用の誤りでもある。

(その余の控訴理由は省略する)

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